ベッド下ラボのぼやき

鉄道写真、廃線廃道、コイルガン…なんでもありのベッド下ラボからのぼやきとレポート。

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ブン流せ!#2

2015.04.19 (Sun)
2/21

再び2ヶ月も前から熟成。
毎週のように撮影しているので、写真が溜まり続けて量が激しいことになっている今日この頃。

中央東線での流し撮りが比較的うまく行ったので、今度はE7でも流したくなり、相変わらずの小牧橋へ。
橋の下では流せず、上からでは真横にならないので、かなり難しいズーム流しで挑むことに。
そんなわけで挑戦した結果、どうにかまともに撮れました。

いーななながし
EF-S 55-250mm F4-5.6 IS II
E7系(F3編成) f9 1/60 ISO160
上田市国分

先頭部がうまく入り、止められることが出来ました。
しかし、車体が下寄りに……車体が斜めになるように撮ればよかったですね……
これもまた再挑戦したところです。


3/1

この日、信越線に乗ったり撮影しに行ったりしたので、帰りの長野駅で撮影。
雨が降っていたので、傘を持ちながら流し撮りするずくはなく、しかも近くで流せるようなところが少ないので、7番線ホームで入線する新幹線を狙いました。

まずはE7。

いーななにゅうせん
SIGMA 17-50mm F2.8 EX DC OS HSM
E7系(F2編成) f8.0 1/6 ISO125
長野駅

他のカットでは、もっとよく止まっていたのですが、照明やらフェンスの支柱が前照灯にかかったりなど、残念なことに……
新幹線は、真横から足回りまですべて入れて撮影できるところが少ないので、なかなか撮れないカットですね。
ちなみに、現在はほとんど見ることができなくなった12番線への逆走入線。延伸後は、11,12番線は下り方面となっています。

続いて、E2の入線も撮影。こちらは、自由通路の下で、露出アンダーになるように撮ってみました。

いーににゅうせん
SIGMA 17-50mm F2.8 EX DC OS HSM
E2系(N?編成) f5 1/10 ISO100
長野駅

E7を背景に流すことが出来ましたが、こちらも少しぶれてしまいました……
また、こちらも綺麗に止められるように、再試験ですね()

そんなわけで、流し撮り2回目でした。

ブン流せ!#1

2015.04.14 (Tue)
2/15

すでに二ヶ月も前の事。雪が舞う中、早起きして中央線を行く列車の流し撮りに挑戦。
近所の撮影地は、晴れると順光で、流れるようなシャッタースピードでは露出オーバーしてしまうので、雪が降ってくれて良かったりします。
今回の一番の目的は「E351系の先頭部で流し撮りを決める」事。そんなわけで、早朝のスーパーあずさに合わせて出撃しました。

あずさ
EF-S 55-250mm F4-5.6 IS II
E351系(S25編成) f7.1 1/50 ISO125
茅野市ちの

撮影した場所は、真横で決まるようにすると踏切が被ってしまい、何もない位置が真横になるようにすると、田んぼのど真ん中になってしまう場所。
比較的、前照灯がぶれてないカットを選びましたが、左側がカツカツ……再試ですね()

踏切とかぶるようにすると、ちょっと面白いように撮れます。

あずさうしろ
EF-S 55-250mm F4-5.6 IS II
E351系(S25編成) f7.1 1/50 ISO125
茅野市ちの

踏切の電光掲示板の矢印が連続して流れるように撮れます。
はみ出し、ぶれぶれなE351の映り方に関しては、気にしない方向で……

続いて、高尾行きの115系を撮影。C編成も、徐々に数か少なくなってきていますね。

しーへんせい
EF-S 55-250mm F4-5.6 IS II
115系(C13編成) f7.1 1/50 ISO125
茅野市ちの

こちらは、比較的まともに止まりましたが、足回りのすすきが残念なことに……
左側もカツカツになってしまいました。
今更ですが、C13編成との遭遇がやたら多い気がします。

続いて、再び上りスーパーあずさがやって来るので、場所を変更。今度は真横から挑戦してみます。

あずさ
EF-S 55-250mm F4-5.6 IS II
E351系(S22編成) f13 1/60 ISO100
茅野市ちの

今度は決まりました。
E351系は、183系や189系が進化したような、美しい曲線の先頭形状がカッコイイですね。
ところで、この編成は運転台の横窓に「S-22」の文字が貼られているのですが、一枚目の編成や、この付属編成と繋がっていた基本編成には貼られていません。なにかあるのでしょうか……

この後、再び高尾行きの列車が来るので、C編成であることを期待して、再び最初の場所に戻りましたが……

602
EF-S 55-250mm F4-5.6 IS II
211系(N602編成) f9 1/50 ISO200
茅野市ちの

来たのはN602編成でした。
115系と違い、6両の編成には貫通幌が装備されていないので、フラットな印象。
こちらも比較的しっかり止まりましたが、やはりすすきが残念なことに……

今回の流し撮りでは、7Dmk2の連写性能もあってか、比較的成功したカットが多くなりました。それでも、ぶれ方や被写体の収め方など、やはり腕を磨かなければならないと思わされるカットも多くなってしまいました。
そんなわけで、#2に続きます。

長野駅改築レポート〜善光寺口改築記録〜#3

2015.03.26 (Thu)
長野駅では、北陸新幹線長野~富山・金沢が開業に合わせ、2015年3月末まで、駅ビルや駅前広場の大規模再開発が行われていました。2012年より開始されたその工事の様子を、写真と解説などとともにレポートしていきます。

※個人での調査のため一部事実と異なる可能性がありますのが、ご了承ください。
画像が19枚あります。環境によっては読み込み時間がかかります。

たいとるさん

今回は、2013年6月からの工事の様子を、写真共に解説していきます。

1.改築工事着手中(2013年6月)
まず、レポート#1、#2から継続して掲載している、改築工事前の長野駅善光寺口駅前広場の概略図を示す。
かいちくまえ
[fig.1]改築工事前の長野駅善光寺口駅前広場。

はじめに、2013年5月からエスカレータの撤去工事が開始された、長野駅善光寺口側のエスカレータ付近の写真を示す。(fig.2参照)
ながのえきしゃ
[fig.2]エスカレータ撤去工事の行われている長野駅善光寺口。

前回のレポート#2の時点と比べると、エスカレータ上部付近の構造物の撤去が進んでいることがわかる。
この時点で、善光寺口自由通路ミニ駅ビル「ティリア」を結んでいた通路は、撤去されたのではないかと考えられる。
また、左側の「マツモトキヨシ」は、朝の営業時間外に撮影しため、店が開いていない状態となっている。

善光寺口側について、今回から新たに撮影場所を設定した。
場所は、ながの東急百貨店方面へ向かう、横断歩道のバスロータリー側の地点(fig.1参照)である。
えきしゃおうだんまえ
[fig.3]長野駅善光寺口方面とバスロータリー。

2013年6月に入ると、善光寺口駅前広場にある「長野電鉄長野駅地下出入口」付近のバスのりばに、工事用の囲いと柵が設置された(fig.3右側参照)。
この囲いと柵は、ブロックが敷いてある歩行者用スペースではなく、アスファルト舗装されたバスロータリーに設置されており、バスロータリー内に存在する緑地帯の撤去工事を行っていた。
このため、長野電鉄地下出入口周辺のバス停も使用できなくなり、いくつかのバス停は「ウエストプラザ長野」前や、ながの東急付近(fig.1参照)などへ機能を仮移転した。

さらに、fig.3撮影地付近の横断歩道を渡った「ながの東急」前の地点で、MIDORI長野〜メトロポリタン長野まで、長野駅善光寺口全体が撮影できる地点での記録も開始した。(fig.4参照)
とうきゅうまえ
[fig.4]長野駅善光寺口全景。

写真中央の半円形のドームは、長野駅自由通路上空に存在するガラス張りドームである。このドームは、1993年に策定された整備計画にも記載されており、1997年の暫定整備完了時から存在している。
その奥に見える建物が、「JR東日本長野支社」の社屋で、こちらも1997年に完成している。
善光寺口全体を見ると、長野駅〜ティリア部分の利用率が低い事がよく分かる。

善光寺口広場の如是姫像台座は、5月まで存在した如是姫像の台座が完全に撤去され、アスファルトで平坦にされていた。(fig.5参照)
にょぜひめぞう
[fig.5]如是姫像台座跡。如是姫像が存在したことは、存在を知る者にしかわからなくなった。

また、この付近から善光寺口側を見ると、2013年5月時点に比べて、工事用フェンスに駅と駅周辺施設の案内表示が増えている事がわかる。(fig.6参照)

てぃりあがわ
[fig.6]工事用フェンスに主な駅周辺施設の案内が追加された。

このフェンスの内側では、ホテルメトロポリタン長野側のエスカレータ(fig.1参照)撤去後の、仮設通路が建設されており、それは判明したのは2013年の訪問時であった。

2013年5月の訪問時に記録を開始した、「ウエストプラザ長野」側のペデストリアンデッキは、記録場所をペデストリアンデッキの真横に変更し、記録を行った。
ぺですとりあん2
[fig.7]延長の様子を明確にするため、真横からの記録に変更した。

工事開始前の時点では、善光寺口には30分限定の一般車用待機所と、メトロポリタン長野側のタクシープールに、一般車用駐車場があったが、善光寺口の工事が始まった時点でそれぞれ閉鎖されている。
ペデストリアンデッキには、これを周知するための横断幕が、設置されているのが確認できる。

2013年6月の訪問時では、「長野電鉄長野駅地下出入口」と、「東西地下通路の長電地下出入口階段下」には変化がなかったため、写真は省略する。


2.改築工事着手中(2013年9月)
3ヶ月間、長野駅を訪問する機会がなかったたが、この間に多くの箇所で工事が進行していた。
しんかんせんかいさつ
[fig.8]外壁デザインが一新された新幹線改札口。

まず、新幹線改札口のデザインが、木を多く使用したものに変更された。(fig.8参照)
天井部分にも木が使用されており、改装前と比べると、長野県らしいデザインとなった。
しんかんせんうえ
[fig.9]天井部分には、木がライン状に装飾されている。

これらの改築はデザイン的なものだけでなく、機能的な面でも行われた。
従来の新幹線改札口の有人改札は、窓口部分の窓を開けて対応する構造であったが、今回の改築で、首都圏で見られる窓口から有人改札通路まで室内とするタイプへ変更された。(fig.10参照)
かいさつ
[fig.10]通路まで室内となった有人改札口。

なお、有人改札口が変更されたのは新幹線改札口のみであり、在来線改札口は以前からのままであった。

在来線改札口に目を向けると、改札口横のNEWDAYS、待合室が閉鎖され、撤去工事が開始されていた。(fig.11参照)
にゅうでいずあと
[fig.11]在来線改札口横のNEWDAYS跡地。工事用フェンスが設置され、撤去工事が開始された。

また、善光寺口のでは、MIDORI長野〜善光寺口自由通路に存在した平屋の物販棟の撤去工事が完了しようとしていた。(fig.12参照)
まつきよあと
[fig.12]善光寺口階段より。「マツモトキヨシ」と「西澤おやき」が入居していた物販棟は完全に解体されていた。

この工事の影響で、従来、駅前広場から善光寺口駅舎側を撮影していた場所が工事用フェンスに覆われてしまい、撮影場所を広場側に移動した。(fg.13参照)
ぜんこうじぐち
[fig.13]旧物販棟前から善光寺口を撮影。工事用フェンスが大きく広場に出ている。

更に、善光寺口の長野電鉄地下出入口の撤去工事が開始された。(fig.14)
ちかでいり
[fig.14]長野電鉄地下出入口。工事が開始され、9月2日より使用できなくなった。

ぜんこうじぐちおうだんまえ
[fig.15]工事エリアが2013年6月時点より拡大された。

この工事が始まった関係で、長野電鉄長野駅への出入りは、MIDORI長野店の地下入り口から東西地下通路を通るルートへ案内されるようになった。
また、工事エリアがかなり拡大され、歩道部分が従来よりも圧迫されたため、混雑が一層激しくなることが予想されたため、自転車の降車を促す看板も設置されている。
この影響で、MIDORI長野〜長野大通り間の雑居ビルの店舗の見通しが悪くなったため、工事柵には店舗案内も設置された。(fig.15参照)

「ながの東急」前の地点からの記録でも、工事エリアの拡大が大きく目立つ(fig.16参照)。
ぜんこうじぐちとうきゅうまえ
[fig.16]ながの東急前より。中央の信号機から左側が、拡大された工事エリア。

2013年6月のこの場所での撮影と比較すると、「MIDORI長野前の屋根」が一部撤去されている他、フェンス内に存在した街灯も撤去されていることがわかる。

また、今回から新たに記録場所を追加し、「ウエストプラザ長野」の向かい側の長野大通りに面したビル(ホテルアベスト長野)の前からの記録を開始した。
おみやげやまえ
[fig.17]ホテルアベスト前からの記録。ミニ駅ビル「ティリア」側の様子が見えやすい。

この場所での記録を開始したのは、ながの東急前(fig.16参照)よりも、ミニ駅ビル「ティリア」側の様子がわかりやすいためである。
この場所で確認できた2013年6月からの変化は、垂れ幕を設置していた塔(fig.5中央、fig.7左端参照)の撤去で、ペデストリアンデッキに近いため、工事の支障となるために撤去されたと考えられる。

「ウエストプラザ長野」の、供用済みペデストリアンデッキから長野駅方向を見ると、工事用フェンス内の様子が確認できた。
かせつかいだん
[fig.18]善光寺口側の工事用フェンス内。仮設階段の建設が進んでいる。

fig.18を見ると、この時点で、ミニ駅ビル「ティリア」側の善光寺口階段と、自由通路からミニ駅ビル「ティリア」までの連絡通路が取り壊され、更に長野駅自由通路上のドーム手前まで、構造物が撤去されている事がわかる。
また、仮設階段は従来の善光寺口の階段と異なり、階段部分は完全に屋根が設置されることが確認できる。(fig.18参照)

次に、ペデストリアンデッキ長野大通り上部付近でも撮影を開始した。
ぺですとりあんうえ
[fig.19]ペデストリアンデッキ上(平安堂長野店前)より、長野駅側を撮影。手前がミニ駅ビル「ティリア」、奥がJR東日本長野支社社屋。

この場所には、長野大通り上部付近が工事で通行止めになることが予告されていた。この時点では、床面タイルの張替え、融雪装置の更新、電気系統の更新工事等が予想されたが、詳細は不明であった。

また、ペデストリアンデッキを真横から確認したが、ペデストリアンデッキ自体には大きな変化は確認できなかった。(fig.20参照)
ぺですとりあん
[fig.20]ペデストリアンデッキを真横より記録。ペデストリアンデッキの大きな変化は確認できない。

また、一般車用待機所があった地点は、工事用フェンスが設置され工事用車両の出入口となったため、警備員が配置され始めた。
この警備員は、長野駅善光寺口に進入しようとする一般車の誘導も行っており、記録時にも数台の一般車両がタクシープールへ進入しようとしたため、警備員から長野駅東口へ向かう旨の案内を受けていた。

また、ミニ駅ビル「ティリア」は、完全閉鎖され、ホテルメトロポリタン長野側では、解体工事用の足場が設置され始めていた。(fig.21参照)
てぃりあかいたい
[fig.21]ティリアは2013年8月31日に閉鎖され、解体工事が着手された。

この工事に伴い、ミニ駅ビル「ティリア」周辺に工事用フェンスが設置されたが、同時にタクシープールの一部にもフェンスが設置されたため、視界が非常に悪くなってしまった。

fig.14の通り、地上の長野電鉄地下出入口の工事が開始されたが、同時に地下でも工事が開始されていた。
ちか
[fig.22]東西地下通路の一部で工事が開始された。

閉鎖されたのは、東西地下通路の一部で、長野電鉄長野駅へは階段脇のもう一方の通路を利用することで向かうことができた。
また、階段下にあった公衆トイレも閉鎖されたが、代替となる仮設トイレは設置されなかった。
この工事は、従来の階段の撤去・埋戻しと、エレベータ新設に伴うものであった。

今回はここまでとなります。次回に続きます。

信越山線遠征。#3

2015.03.22 (Sun)
2/7
だいぶ開きましたが、前回からの続き。
このブログはぐだぐだ撮影記のほうがメインです。

写真は熟成期間が必要。ではないのですが、長野駅改築レポートの方書いてたら、気づけば一ヶ月以上経過。
北陸新幹線はようやく北陸に到達し、既に撮影した区間も信越線でなくなったりなど、様々な変化がありましたが、撮影時点ではそれほど大騒ぎではなく、「ほんとにJRじゃなくなるんかや」レベル。
学生時代の、テスト勉強やレポートの謎の「まだ大丈夫」的な感覚かもしれませんが。

さて、信越大橋での撮影後、午前中の片貝でベテランさんに教えていただいた「菅平とか見える撮影地」を目指して18号を南下(してもらう)。
間違えることに定評のある、らるどのナビでも、どうにか間違えず駐車スペースに到着。

未成
SH02-E
長野市豊野町浅野

やってきたのは、午前中に通った北信五岳道路の豊野側の、未供用道路橋付近。
写真奥の橋が供用されていれば18号からすぐに車で入れるのですが、あいにく自転車と歩行者しか通行できない様子。おそらく、写真の後ろ方向が中途半端にしか開通していないため、誤って自動車が流入するのを防ぐためと思われますが、やっぱり謎。
そんなわけで近くの高台を登ったりしながら、撮影場所を探します。

捜索すること15分、雪の残る歩道の上に三脚跡を発見。大喜びしているとそこを長野行きの普通列車が通過。
どうにか準備に間に合ったので、一枚撮影。

しょうなん
SIGMA 17-50mm F2.8 EX DC OS HSM
115系(N9編成) f7.1 1/1250 ISO250
長野市豊野町浅野

遭遇したのはまさかのN9編成。以前撮影したのは三才から長野まで歩いた時でした。
奥の方は菅平ではなく、多分野沢温泉方面。山はおそらく高社山。とはいえ、山と市街地をバックに進む列車を撮影できるこの場所は、なかなかいい感じです。

続いて、しばらく待ったところで直江津行きがやって来ました。

なおえつ
SIGMA 17-50mm F2.8 EX DC OS HSM
115系(N?編成) f7.1 1/1250 ISO320
長野市豊野町浅野

今度は背景は山メインで。架線柱の処理をちゃんとやりたかったところ。
この場所、横からの構図なので、SSはそれなりに必要なのですが、後ろが山になっており、いつ日が隠れるかビクビクしながら撮影していました。この時既に太陽2つ分くらいで沈む位置で、雲まで出てくるという……

ビクビクしながら撮影していると、近くに撮影者が数名到着。やはり長野行き妙高号狙いのようでした。
そして、沈む直前に妙高号がやって来ました。

みょうこう
SIGMA 17-50mm F2.8 EX DC OS HSM
189系(N102編成) f6.3 1/1000 ISO400
長野市豊野町浅野

まずは奥から撮影。
この場所は、手持ちであれば何カットか撮影できるのでいいですね。

みょうこうまよこ
SIGMA 17-50mm F2.8 EX DC OS HSM
189系(N102編成) f6.3 1/1000 ISO400
長野市豊野町浅野

続いて奥に街を入れて。

みょうこうあっぷ
SIGMA 17-50mm F2.8 EX DC OS HSM
189系(N102編成) f6.3 1/1000 ISO400
長野市豊野町浅野

最後は直江津側先頭車をアップで。隣の車両は、雨樋付近の塗装が剥げて、サビが見えてしまっています……
この時、雲の切れ間からようやく日が射してくれました。

撮影後、長野市某所でピザを食べるために更に移動し、これにて遠征は終了しました。
撮影地でお会いした皆様、運転していただいた某氏、ありがとうございました。

そして一ヶ月後、再び長野に戻ることに……

長野駅改築レポート〜善光寺口改築記録〜#2

2015.03.16 (Mon)
長野駅では、北陸新幹線長野~富山・金沢が開業する2015年3月の完成を目指し、駅ビルや駅前広場の大規模再開発が行われています。2012年より開始されたその工事の様子を、写真と解説などとともにレポートしていきます。

画像が19枚あります。環境によっては読み込み時間がかかります。
※個人での調査のため一部事実と異なる可能性がありますのが、ご了承ください。

今回は、2012年からの工事の様子を、写真共に解説していきます。
当時は、まだ記録をしていこうなどと考えず、学校の卒業記念程度に撮っていたので、一部写真に不備のある箇所がありますが、予めご了承ください。

たいとる2


1.改築工事着手前(2012年)
前回のレポートにも掲載した、改築工事前の長野駅善光寺口駅前広場の概略図を示す。
かいちくまえ
[fig.1]改築工事前の長野駅善光寺口駅前広場。

まずは、長野駅自由通路の善光寺口側から、東口方向(概略図下側)を見た写真。
えきまえみどり
[fig.2]自由通路端から、東口方向を見る。

この写真の左側は、手前から順に「長野駅待合室(改札外)」「NEWDAYS(改札外)」「在来線改札口」「在来線券売機」「忘れ物預かり所」となっている。
写真奥の階段の先にあるのが、「長野駅東口」であり、左側には「みどりの窓口」「新幹線券売機」「新幹線改札口」があった。
また、右側は手前から順に「びゅうぷらざ」「長野市観光案内所」となっている。

次に、同地点から「ながの東急百貨店」方向を見た写真を示す。

じゆうつうろ
[fig.3]ながの東急百貨店方面を見る。写真中央左付近にあるのが長野電鉄長野駅への地下入り口。

この写真右側にある、タイル外壁のビルが、駅ビル「MIDORI長野店」である。
MIDORI長野店は1985年に完成した、地上5階地下1階の駅ビルであり、JR東日本の連結子会社である「ステーションビルMIDORI」が運営している。
2012年当時のテナントは、ファッション系が多く、長野県唯一のロッテリアも存在した。夏には屋上でビアガーデンが催され、多くの人が駅ビルを利用していた。
写真右下にある黄色い帯に「MIDORI」と書かれた棟が土産物店で、当時はおやき店が入っていた。

にょぜひめ
[fig.4]如是姫像。

善光寺口広場には、如是姫(にょぜひめ)像が、善光寺本堂の方向を向いて設置されている(fig.1、fig.4参照)。
如是姫は、伝説で善光寺を建立したという「本田善光」の生まれ変わる二代前の、天竺(インド)の長者(長者の生まれ変わりの生まれ変わりが本田善光となる)の娘である。
詳しくは、「如是姫だより 長野駅前 如是姫さんの由来」を参照のこと。
如是姫像が長野駅善光寺口に設置されたのは、1936年の善光寺御開帳時であり、仏閣型駅舎(3代目)が完成した年である。
その後、第二次大戦時の金属供出で供出されてしまうも、1948年に募金により再建され、今日まで長野駅前を見守っている。
この如是姫像は、fig.4のように噴水としても親しまれており、左手と足元の周囲から水が湧き出ている。


2.改築工事着手後(2013年3月)
一年近く経過し、改築工事が開始された後の状況。
この時点でも、今だ記録箇所や撮影地点を明確に決めずに撮影しているため、記録が抜けている箇所が多いので、ご了承ください。

長野駅の変化に関係する出来事として、2013年3月のダイヤ改正がある。
従来は、乗り入れるしなの鉄道も含めて全列車がツーマン運行だった長野〜篠ノ井間が、2両編成に限りワンマン運転となったのである。このため、長野駅のホームに、ワンマン運転時のホームミラーが設置されることとなった。
わんまんならび
[fig.5]長野駅で出発を待つ115系しなの鉄道車(当時はJRより貸与扱い)とE127系。どちらも2両編成でワンマン対応である。

駅施設関連の変化点に戻ると、fig.2の奥に見える自由通路上の階段にエスカレータが新設された。(fig.6参照)
えすか
[fig.6]新設された自由通路上のエスカレータ。

従来、大きな荷物を持った旅行者は、従来は階段を利用するか、fig.2の右に見えるエレベータを利用するしかしなければ、この段差を超えることができなかったが、このエスカレータが新設されたことにより、自由通路の利便性が大きく向上した。
このエスカレータは右側通行であるが、これは東口の自由通路上に存在するエスカレータと合わせたものであると考えられる。(fig.7参照)
ひがしぐち
[fig.7]東口自由通路上のエスカレータ(写真中央奥)。

また、この頃新駅ビルの工事概要も発表され、在来線改札口横のNEWDAYSや、待合室のある地点は、すべて新駅ビルとなることが決まった。
かいさつ
[fig.8]長野駅在来線改札口。奥のNEWDAYSは改札外からのみ入れた。

また、在来線改札口も一時移転されるため、16年間使用されてきた案内口の記録を実施した。(fig.9参照)
あんない
[fig.9]在来線改札口上の案内板。

この記録を実施したのは、fig.9にある「しなの鉄道線方面」が、北陸新幹線延伸後に、残らない可能性が高いからである。
北陸新幹線延伸後は、長野駅以北の信越線長野〜妙高高原が、第3セクター鉄道のしなの鉄道に経営分離され、しなの鉄道の路線が直接長野駅に乗り入れるからである。

善光寺口駅前広場に目を向けると、長野市民と長野駅利用者にとって大きな変化がいくつかあった。
ひろば
[fig.10]自由通路から見た善光寺口駅前広場。

1つ目は、如是姫像の善光寺への一時移転である。(fig.10下部中央参照)
善光寺口駅前広場が再整備された際には、再び如是姫像が長野駅に戻るのだが、そのままでは工事の支障になってしまうので、整備が終了するまでの2年間、善光寺で保管されることとなった。
保管中に「善光寺で公開される可能性がある」との報道もあったが、再び長野市民の前に姿を表したのは2015年になってからであった。

2つ目は、バスのりばの位置変更である。
バスロータリーの形が変更され、従来のブロック敷の広場の一部が新たに舗装されている。(fig.10右下参照)
このため、従来のバスのりばの屋根は解体されてしまい、一時期は屋根が存在しなかった。しかし、風雨をしのげないのはさすがに問題があるので、大型テントの設置を経て、ポリカーボネート製の仮設屋根が設置された。

また、前述の新駅ビル工事概要にミニ駅ビル「ティリア」と、MIDORI〜自由通路の平屋の物販棟の閉鎖と解体が行われることが示されていたため、駅舎側を定点記録していくこととした。(fig.11参照)
えきしゃがわ
[fig.11]長野駅駅舎側。

記録場所は、大きな工事が行われても変化する可能性が少ないマンホール上とした。


2.改築工事着手後(2013年5月)
2013年5月に入ると、善光寺口のティリア側エスカレータと階段の撤去工事が開始されていた。(fig.12参照)
こうじかいし
[fig.12]エスカレータと階段の撤去が開始された善光寺口。

駅全景
[fig.13]如是姫像跡脇から。

fig.12は前回の駅舎の撮影位置と異なるが、これは前回の場所では全体が収まらないためである。
この撤去工事に伴い、エスカレータと階段下にあった長野駅前交番が、A-One City(再開発ビルA-1)向かいへと仮移転された。
また、同じくエスカレータと階段下にあったコインロッカーエリアも撤去となったが、東口側の自由通路上に移転された。

また、ミニ駅ビル「ティリア」でも工事が開始された。
てぃりあ
[fig.14]ミニ駅ビル「ティリア」。

ティリア二階と、長野駅自由通路をつなぐ通路の撤去工事が開始され、長野駅からティリアへ向かうには、一度反対側のエスカレータを降りてから、駅前広場を横断する形となった。
タクシープールを見ると、工事の囲いが歩行者通行スペースを圧迫するので、一部がアスファルトで嵩上げされた。(fig.14参照)
また、この頃より、善光寺口への一般車の進入が規制され始め、送迎車は東口へ迂回することとなった。

この頃より、「ウエストプラザ長野」側のペデストリアンデッキの記録も開始したが、この後に記録場所を変更している。(fig.15参照)
ペデストリアンでっき
[fig.15]「ウエストプラザ長野」側のペデストリアンデッキ。

この頃は、長野駅からウエストプラザ長野へ向かうには、長野大通りの横断歩道を利用する方が近く、利用者はほとんどいなかった。

更に、工事は始まっていないが長野電鉄長野駅地下出入口(fig.1参照)の記録も開始した。
ちか
[fig.16]長野電鉄地下出入口。実際の利用者は多い。

この地下出入口は、1981年の長野〜善光寺下地下化の際に建設されたものだが、2013年中に解体される事が発表されていた。
改築レポート第一回でも記載した通り、この地下出入口は長野駅善光寺口からいくらか離れており、通行量の多い歩道を圧迫している。
更に、地下駅へのアクセスは階段であるため(fig.17参照)、利便性向上も合わせて移転されることとなった。
かいだん
[fig.17]長野電鉄地下出入口の階段。東西地下通路へのアクセスも可能である。

長野駅周辺の地下空間は広く、長野大通り直下の長野電鉄長野駅から、長野NCビル地下(地上への階段あり)ながの東急百貨店地下階駅ビルMIDORI長野地下階(地上への階段・スロープあり)と、東西地下通路(fig.18参照)を経由し、東口地下駐車場(待合室あり)がつながっている。
とうざいじゆうつうろ
[fig.18]東西地下通路。奥が東口地下駐車場待合室。

この地下通路の長電地下出入口階段下には、長野市が管理する公衆トイレと機械室があり、こちらも移転されることとなったため、記録を開始した。
えきがわ
[fig.19]東西地下通路から長野電鉄長野駅側を撮影。柱の奥の壁が階段下のトイレと機械室。

この写真の右側にも、長野電鉄長野駅までの通路が存在し、東西地下道の中央に、階段と公衆トイレが存在する形となっていた。
また、地下出入口移設にともなって、東西地下通路の壁が「蔵をイメージした白と黒のタイル張り」と、リニューアルされる事となった。

今回はここまでとなります。次回は2013年6月時点での記録から再開していきます。
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