ベッド下ラボのぼやき

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長野駅改築レポート〜善光寺口改築記録〜#2

2015.03.16 (Mon)
長野駅では、北陸新幹線長野~富山・金沢が開業する2015年3月の完成を目指し、駅ビルや駅前広場の大規模再開発が行われています。2012年より開始されたその工事の様子を、写真と解説などとともにレポートしていきます。

画像が19枚あります。環境によっては読み込み時間がかかります。
※個人での調査のため一部事実と異なる可能性がありますのが、ご了承ください。

今回は、2012年からの工事の様子を、写真共に解説していきます。
当時は、まだ記録をしていこうなどと考えず、学校の卒業記念程度に撮っていたので、一部写真に不備のある箇所がありますが、予めご了承ください。

たいとる2


1.改築工事着手前(2012年)
前回のレポートにも掲載した、改築工事前の長野駅善光寺口駅前広場の概略図を示す。
かいちくまえ
[fig.1]改築工事前の長野駅善光寺口駅前広場。

まずは、長野駅自由通路の善光寺口側から、東口方向(概略図下側)を見た写真。
えきまえみどり
[fig.2]自由通路端から、東口方向を見る。

この写真の左側は、手前から順に「長野駅待合室(改札外)」「NEWDAYS(改札外)」「在来線改札口」「在来線券売機」「忘れ物預かり所」となっている。
写真奥の階段の先にあるのが、「長野駅東口」であり、左側には「みどりの窓口」「新幹線券売機」「新幹線改札口」があった。
また、右側は手前から順に「びゅうぷらざ」「長野市観光案内所」となっている。

次に、同地点から「ながの東急百貨店」方向を見た写真を示す。

じゆうつうろ
[fig.3]ながの東急百貨店方面を見る。写真中央左付近にあるのが長野電鉄長野駅への地下入り口。

この写真右側にある、タイル外壁のビルが、駅ビル「MIDORI長野店」である。
MIDORI長野店は1985年に完成した、地上5階地下1階の駅ビルであり、JR東日本の連結子会社である「ステーションビルMIDORI」が運営している。
2012年当時のテナントは、ファッション系が多く、長野県唯一のロッテリアも存在した。夏には屋上でビアガーデンが催され、多くの人が駅ビルを利用していた。
写真右下にある黄色い帯に「MIDORI」と書かれた棟が土産物店で、当時はおやき店が入っていた。

にょぜひめ
[fig.4]如是姫像。

善光寺口広場には、如是姫(にょぜひめ)像が、善光寺本堂の方向を向いて設置されている(fig.1、fig.4参照)。
如是姫は、伝説で善光寺を建立したという「本田善光」の生まれ変わる二代前の、天竺(インド)の長者(長者の生まれ変わりの生まれ変わりが本田善光となる)の娘である。
詳しくは、「如是姫だより 長野駅前 如是姫さんの由来」を参照のこと。
如是姫像が長野駅善光寺口に設置されたのは、1936年の善光寺御開帳時であり、仏閣型駅舎(3代目)が完成した年である。
その後、第二次大戦時の金属供出で供出されてしまうも、1948年に募金により再建され、今日まで長野駅前を見守っている。
この如是姫像は、fig.4のように噴水としても親しまれており、左手と足元の周囲から水が湧き出ている。


2.改築工事着手後(2013年3月)
一年近く経過し、改築工事が開始された後の状況。
この時点でも、今だ記録箇所や撮影地点を明確に決めずに撮影しているため、記録が抜けている箇所が多いので、ご了承ください。

長野駅の変化に関係する出来事として、2013年3月のダイヤ改正がある。
従来は、乗り入れるしなの鉄道も含めて全列車がツーマン運行だった長野〜篠ノ井間が、2両編成に限りワンマン運転となったのである。このため、長野駅のホームに、ワンマン運転時のホームミラーが設置されることとなった。
わんまんならび
[fig.5]長野駅で出発を待つ115系しなの鉄道車(当時はJRより貸与扱い)とE127系。どちらも2両編成でワンマン対応である。

駅施設関連の変化点に戻ると、fig.2の奥に見える自由通路上の階段にエスカレータが新設された。(fig.6参照)
えすか
[fig.6]新設された自由通路上のエスカレータ。

従来、大きな荷物を持った旅行者は、従来は階段を利用するか、fig.2の右に見えるエレベータを利用するしかしなければ、この段差を超えることができなかったが、このエスカレータが新設されたことにより、自由通路の利便性が大きく向上した。
このエスカレータは右側通行であるが、これは東口の自由通路上に存在するエスカレータと合わせたものであると考えられる。(fig.7参照)
ひがしぐち
[fig.7]東口自由通路上のエスカレータ(写真中央奥)。

また、この頃新駅ビルの工事概要も発表され、在来線改札口横のNEWDAYSや、待合室のある地点は、すべて新駅ビルとなることが決まった。
かいさつ
[fig.8]長野駅在来線改札口。奥のNEWDAYSは改札外からのみ入れた。

また、在来線改札口も一時移転されるため、16年間使用されてきた案内口の記録を実施した。(fig.9参照)
あんない
[fig.9]在来線改札口上の案内板。

この記録を実施したのは、fig.9にある「しなの鉄道線方面」が、北陸新幹線延伸後に、残らない可能性が高いからである。
北陸新幹線延伸後は、長野駅以北の信越線長野〜妙高高原が、第3セクター鉄道のしなの鉄道に経営分離され、しなの鉄道の路線が直接長野駅に乗り入れるからである。

善光寺口駅前広場に目を向けると、長野市民と長野駅利用者にとって大きな変化がいくつかあった。
ひろば
[fig.10]自由通路から見た善光寺口駅前広場。

1つ目は、如是姫像の善光寺への一時移転である。(fig.10下部中央参照)
善光寺口駅前広場が再整備された際には、再び如是姫像が長野駅に戻るのだが、そのままでは工事の支障になってしまうので、整備が終了するまでの2年間、善光寺で保管されることとなった。
保管中に「善光寺で公開される可能性がある」との報道もあったが、再び長野市民の前に姿を表したのは2015年になってからであった。

2つ目は、バスのりばの位置変更である。
バスロータリーの形が変更され、従来のブロック敷の広場の一部が新たに舗装されている。(fig.10右下参照)
このため、従来のバスのりばの屋根は解体されてしまい、一時期は屋根が存在しなかった。しかし、風雨をしのげないのはさすがに問題があるので、大型テントの設置を経て、ポリカーボネート製の仮設屋根が設置された。

また、前述の新駅ビル工事概要にミニ駅ビル「ティリア」と、MIDORI〜自由通路の平屋の物販棟の閉鎖と解体が行われることが示されていたため、駅舎側を定点記録していくこととした。(fig.11参照)
えきしゃがわ
[fig.11]長野駅駅舎側。

記録場所は、大きな工事が行われても変化する可能性が少ないマンホール上とした。


2.改築工事着手後(2013年5月)
2013年5月に入ると、善光寺口のティリア側エスカレータと階段の撤去工事が開始されていた。(fig.12参照)
こうじかいし
[fig.12]エスカレータと階段の撤去が開始された善光寺口。

駅全景
[fig.13]如是姫像跡脇から。

fig.12は前回の駅舎の撮影位置と異なるが、これは前回の場所では全体が収まらないためである。
この撤去工事に伴い、エスカレータと階段下にあった長野駅前交番が、A-One City(再開発ビルA-1)向かいへと仮移転された。
また、同じくエスカレータと階段下にあったコインロッカーエリアも撤去となったが、東口側の自由通路上に移転された。

また、ミニ駅ビル「ティリア」でも工事が開始された。
てぃりあ
[fig.14]ミニ駅ビル「ティリア」。

ティリア二階と、長野駅自由通路をつなぐ通路の撤去工事が開始され、長野駅からティリアへ向かうには、一度反対側のエスカレータを降りてから、駅前広場を横断する形となった。
タクシープールを見ると、工事の囲いが歩行者通行スペースを圧迫するので、一部がアスファルトで嵩上げされた。(fig.14参照)
また、この頃より、善光寺口への一般車の進入が規制され始め、送迎車は東口へ迂回することとなった。

この頃より、「ウエストプラザ長野」側のペデストリアンデッキの記録も開始したが、この後に記録場所を変更している。(fig.15参照)
ペデストリアンでっき
[fig.15]「ウエストプラザ長野」側のペデストリアンデッキ。

この頃は、長野駅からウエストプラザ長野へ向かうには、長野大通りの横断歩道を利用する方が近く、利用者はほとんどいなかった。

更に、工事は始まっていないが長野電鉄長野駅地下出入口(fig.1参照)の記録も開始した。
ちか
[fig.16]長野電鉄地下出入口。実際の利用者は多い。

この地下出入口は、1981年の長野〜善光寺下地下化の際に建設されたものだが、2013年中に解体される事が発表されていた。
改築レポート第一回でも記載した通り、この地下出入口は長野駅善光寺口からいくらか離れており、通行量の多い歩道を圧迫している。
更に、地下駅へのアクセスは階段であるため(fig.17参照)、利便性向上も合わせて移転されることとなった。
かいだん
[fig.17]長野電鉄地下出入口の階段。東西地下通路へのアクセスも可能である。

長野駅周辺の地下空間は広く、長野大通り直下の長野電鉄長野駅から、長野NCビル地下(地上への階段あり)ながの東急百貨店地下階駅ビルMIDORI長野地下階(地上への階段・スロープあり)と、東西地下通路(fig.18参照)を経由し、東口地下駐車場(待合室あり)がつながっている。
とうざいじゆうつうろ
[fig.18]東西地下通路。奥が東口地下駐車場待合室。

この地下通路の長電地下出入口階段下には、長野市が管理する公衆トイレと機械室があり、こちらも移転されることとなったため、記録を開始した。
えきがわ
[fig.19]東西地下通路から長野電鉄長野駅側を撮影。柱の奥の壁が階段下のトイレと機械室。

この写真の右側にも、長野電鉄長野駅までの通路が存在し、東西地下道の中央に、階段と公衆トイレが存在する形となっていた。
また、地下出入口移設にともなって、東西地下通路の壁が「蔵をイメージした白と黒のタイル張り」と、リニューアルされる事となった。

今回はここまでとなります。次回は2013年6月時点での記録から再開していきます。
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