ベッド下ラボのぼやき

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長野駅改築レポート〜善光寺口改築記録〜#1

2015.02.25 (Wed)
長野駅では、北陸新幹線長野~富山・金沢が開業する2015年3月の完成を目指し、駅ビルや駅前広場の大規模再開発が行われています。2012年より開始されたその工事の様子を、写真と解説などとともにレポートしていきます。
※個人での調査のため一部事実と異なる可能性がありますのが、ご了承ください。

今回は、長野駅善光寺口の2011年前後までの整備の内容と、整備計画の決定までを解説していきます。
工事中のレポートはこちら

新タイトル

1.長野駅
長野駅は、長野県長野市に所在する北信地域の中心駅。善光寺のある北側を善光寺口、新幹線ホームのある南側を東口としている。
2015年2月現在、JR東日本の「北陸新幹線(長野新幹線)」、「信越線」と、長野電鉄の「長野線」の3路線が接続しているが、JRの近隣駅を起点とする「飯山線」、「篠ノ井線」と、しなの鉄道の「しなの鉄道線」、も信越線を介して乗り入れている。遠距離では、名古屋・大阪方面へと向かう「特急しなの」と、「飯田線」へ直通する列車も発着している。


2.駅舎の歴史
長野駅ができたのは1888年で、当時計画さてれいた「中山道幹線」の軽井沢~直江津の支線の駅として開業した。この時に、初代長野駅駅舎が建設されている。
1902年には、2階建てに改築され(2代目)、1936年には、3代目駅舎となる仏閣型駅舎が完成した。
1993年には、長野での冬季オリンピック開催決定と、北陸新幹線の軽井沢~長野間のフル規格化決定を受け、長野市が長野駅周辺の再開発計画を策定。
この時に策定された再開発計画が元となり、オリンピックに間に合わせる形で完成したのが、現在行われている改築工事の前に残っていた4代目駅舎だ。


3.暫定整備
1993年に策定した再開発計画は、長野駅駅舎改築以外にも、善光寺口に面する低層建築物があるエリア(A地区)の再開発ビル建設や、東口の大規模区画整理なども含まれていた。
計画策定がバブル期であったことや、各方面での再開発を1998年までに間に合わせる必要があったたため、一部の設備では「暫定整備」が行われることになった。
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[fig.1]2011年までの長野駅善光寺口広場の概略図。赤はエスカレータ青は2階に位置する構造物を示す。

・駅ビル
当初、善光寺口に建設が計画されていた、駅ビル「MIDORI長野」南端~自由通路上空~メトロポリタン長野までの一体的な駅ビルは、自由通路を挟んで「平屋の物販店棟」と、飲食店と物販店が入るミニ駅ビル「ティリア」の2棟に分割して建設された。
また、善光寺口のエスカレータは上りのみで、自由通路の一部と階段には屋根がなかった。
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[fig.2]ミニ駅ビル「ティリア」。2階は善光寺口自由通路と直結していた。

・ペデストリアンデッキ
1996年に都市計画決定されたペデストリアンデッキは、長野駅~再開発ビルA-2(現ウエストプラザ長野)間、再開発ビルA-2〜長野NCビル(旧ホテルサンルート)、長野駅〜ながの東急百貨店間の3方向であったが、このうち再開発ビルA-2から長野大通りを跨ぐ部分のみが建設された(fig.3参照)。
このペデストリアンデッキは、将来の整備のために長野駅方向へ延長可能な構造となっており(fig.4参照)将来的には、再開発ビルA-3〜A-2〜長野駅善光寺口〜長野駅東口〜ユメリア通りまでの約600mが整備される予定だ。長野駅へ向かうには、タクシープール出入口の横断歩道を渡り、駅前広場を大きく迂回する必要があったため、ペデストリアンデッキよりも歩道橋としての性格が強い構造となっていた。
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[fig.3]善光寺口よりA-2地区を望む。赤丸が暫定整備されたペデストリアンデッキ。

ぺですとりあん
[fig.4]ペデストリアンデッキを横より見る。将来の延長が可能な構造となっている。

駅前A地区を構成するA-1、A-2、A-3の3地区は、A-2が「ウエストプラザ長野」としてオリンピック前に完成、続けて2006年にA-1が複合マンション「A-ONE City」、2010年にA-3が「Nacs末広」としてそれぞれ再開発を終えている。

4.「16年越しの完全整備へ」
暫定整備から10年たった2007年に、市民団体より「仏閣型駅舎(3代目)に戻してほしい」との要望が、署名とともにJR東日本長野支社と長野市に提出された。この要望に対しては、両者は明確な回答を行わなかったが、2009年に長野商工会議所から「長野駅を門前町らしい駅舎に整備してほしい」との要望が提出された際には、JR東日本より「関係者の意見を聞きながら検討する」との回答がなされた。
2010年には、長野市が設置した「長野駅善光寺口整備計画検討委員会」からの提言を受け、駅前広場の基本的なデザインや、今回の整備の目的を定めた整備計画が策定された。

新たに策定された整備計画で、1993年から大きな変更があったのはペデストリアンデッキで、「駅からの景観の配慮」と、「デッキの階段で歩道が狭くなり通行に支障をきたす」との理由により、2010年現在までに暫定整備されていた、長野駅〜再開発ビルA-2のみの延伸となった。
また、長野大通り地下にある、長野電鉄長野駅へのアクセス向上と、ながの東急百貨店方面への交通の円滑化も計画に盛り込まれ、東西連絡地下道を活用した整備計画が追加された。
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[fig.5]長野電鉄長野駅入り口。他に同規模の物が2箇所存在し、ながの東急百貨店、長野NCビルと、東西連絡地下道を介しMIDORI長野の地下と接続している。

fig.5の地下駅入り口周辺の歩道(fig.1右側の地下で入り口周辺)は、長野県内で最も通行量が多い歩道である。休日や朝夕の通勤通学時間帯には、常に人の往来が絶えないが、バスのりばと地下駅入り口が歩道を圧迫しているため、更に混雑が激しい。
また、地下で入り口は、JRの改札口から非常に離れている上に、一部には屋根の存在しない区間があるため、今回の計画で地下駅入り口が移設されることとなった。

2011年11月には、「長野駅善光寺口整備計画検討委員会」より、善光寺口駅前広場の整備デザインが公表され、長野市民の意見を募集した。
公表されたのはA案、B案、C案の3案で、すべての案に「長野の門をイメージした大庇(おおひさし)」「如是姫像のある駅前広場」「雨や雪をしのぐシェルター」が取り入れられている。

・A案「大屋根」
JR東日本が整備する新駅ビル前面に、大庇と列柱を設置し、駅前広場全体をカバーずる大屋根を設置する案。
バスロータリー周辺の歩道と、ペデストリアンデッキ全てに屋根を設置する。

・B案「歴史・伝統」
JR東日本が整備する新駅ビル前面に、善光寺と、山門をイメージし、現代風にアレンジした大庇と列柱を設置する。
バスロータリー周辺の歩道にも屋根を設置する。ペデストリアンデッキには屋根を設置しない。

・C案「緑」
JR東日本が整備する新駅ビル前面の「自由通路からの出入口付近のみ」に、大庇と列柱を設置する。
A案、B案以上に植栽を増やし、開放感と合わせて長野の自然を演出する。
バスロータリー周辺の歩道には屋根を設置せず、バスのりば付近にのみ屋根を設置する。

これらの中から、最も多くの支持を得たのがC案で、他の案へ寄せられた意見も反映させながら、整備計画を策定し、2012年1月にはfig.6の通り、整備を実施することが決定された。
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[fig.6]2012年1月に決定された善光寺口駅前広場デザイン。

また、JR東日本が整備する新駅ビルも、長野市が整備する大庇と列柱に合わせた「格子を基調としたデザイン」とすることが決定され、2012年9月より、2015年3月にまでの2年6ヶ月に渡る工事が開始された。

第2回からは、工事の様子をまとめ、レポートしていきます。
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