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長野駅改築レポート の記事一覧

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長野駅改築レポート〜善光寺口改築記録〜#3

2015.03.26 (Thu)
長野駅では、北陸新幹線長野~富山・金沢が開業に合わせ、2015年3月末まで、駅ビルや駅前広場の大規模再開発が行われていました。2012年より開始されたその工事の様子を、写真と解説などとともにレポートしていきます。

※個人での調査のため一部事実と異なる可能性がありますのが、ご了承ください。
画像が19枚あります。環境によっては読み込み時間がかかります。

たいとるさん

今回は、2013年6月からの工事の様子を、写真共に解説していきます。

1.改築工事着手中(2013年6月)
まず、レポート#1、#2から継続して掲載している、改築工事前の長野駅善光寺口駅前広場の概略図を示す。
かいちくまえ
[fig.1]改築工事前の長野駅善光寺口駅前広場。

はじめに、2013年5月からエスカレータの撤去工事が開始された、長野駅善光寺口側のエスカレータ付近の写真を示す。(fig.2参照)
ながのえきしゃ
[fig.2]エスカレータ撤去工事の行われている長野駅善光寺口。

前回のレポート#2の時点と比べると、エスカレータ上部付近の構造物の撤去が進んでいることがわかる。
この時点で、善光寺口自由通路ミニ駅ビル「ティリア」を結んでいた通路は、撤去されたのではないかと考えられる。
また、左側の「マツモトキヨシ」は、朝の営業時間外に撮影しため、店が開いていない状態となっている。

善光寺口側について、今回から新たに撮影場所を設定した。
場所は、ながの東急百貨店方面へ向かう、横断歩道のバスロータリー側の地点(fig.1参照)である。
えきしゃおうだんまえ
[fig.3]長野駅善光寺口方面とバスロータリー。

2013年6月に入ると、善光寺口駅前広場にある「長野電鉄長野駅地下出入口」付近のバスのりばに、工事用の囲いと柵が設置された(fig.3右側参照)。
この囲いと柵は、ブロックが敷いてある歩行者用スペースではなく、アスファルト舗装されたバスロータリーに設置されており、バスロータリー内に存在する緑地帯の撤去工事を行っていた。
このため、長野電鉄地下出入口周辺のバス停も使用できなくなり、いくつかのバス停は「ウエストプラザ長野」前や、ながの東急付近(fig.1参照)などへ機能を仮移転した。

さらに、fig.3撮影地付近の横断歩道を渡った「ながの東急」前の地点で、MIDORI長野〜メトロポリタン長野まで、長野駅善光寺口全体が撮影できる地点での記録も開始した。(fig.4参照)
とうきゅうまえ
[fig.4]長野駅善光寺口全景。

写真中央の半円形のドームは、長野駅自由通路上空に存在するガラス張りドームである。このドームは、1993年に策定された整備計画にも記載されており、1997年の暫定整備完了時から存在している。
その奥に見える建物が、「JR東日本長野支社」の社屋で、こちらも1997年に完成している。
善光寺口全体を見ると、長野駅〜ティリア部分の利用率が低い事がよく分かる。

善光寺口広場の如是姫像台座は、5月まで存在した如是姫像の台座が完全に撤去され、アスファルトで平坦にされていた。(fig.5参照)
にょぜひめぞう
[fig.5]如是姫像台座跡。如是姫像が存在したことは、存在を知る者にしかわからなくなった。

また、この付近から善光寺口側を見ると、2013年5月時点に比べて、工事用フェンスに駅と駅周辺施設の案内表示が増えている事がわかる。(fig.6参照)

てぃりあがわ
[fig.6]工事用フェンスに主な駅周辺施設の案内が追加された。

このフェンスの内側では、ホテルメトロポリタン長野側のエスカレータ(fig.1参照)撤去後の、仮設通路が建設されており、それは判明したのは2013年の訪問時であった。

2013年5月の訪問時に記録を開始した、「ウエストプラザ長野」側のペデストリアンデッキは、記録場所をペデストリアンデッキの真横に変更し、記録を行った。
ぺですとりあん2
[fig.7]延長の様子を明確にするため、真横からの記録に変更した。

工事開始前の時点では、善光寺口には30分限定の一般車用待機所と、メトロポリタン長野側のタクシープールに、一般車用駐車場があったが、善光寺口の工事が始まった時点でそれぞれ閉鎖されている。
ペデストリアンデッキには、これを周知するための横断幕が、設置されているのが確認できる。

2013年6月の訪問時では、「長野電鉄長野駅地下出入口」と、「東西地下通路の長電地下出入口階段下」には変化がなかったため、写真は省略する。


2.改築工事着手中(2013年9月)
3ヶ月間、長野駅を訪問する機会がなかったたが、この間に多くの箇所で工事が進行していた。
しんかんせんかいさつ
[fig.8]外壁デザインが一新された新幹線改札口。

まず、新幹線改札口のデザインが、木を多く使用したものに変更された。(fig.8参照)
天井部分にも木が使用されており、改装前と比べると、長野県らしいデザインとなった。
しんかんせんうえ
[fig.9]天井部分には、木がライン状に装飾されている。

これらの改築はデザイン的なものだけでなく、機能的な面でも行われた。
従来の新幹線改札口の有人改札は、窓口部分の窓を開けて対応する構造であったが、今回の改築で、首都圏で見られる窓口から有人改札通路まで室内とするタイプへ変更された。(fig.10参照)
かいさつ
[fig.10]通路まで室内となった有人改札口。

なお、有人改札口が変更されたのは新幹線改札口のみであり、在来線改札口は以前からのままであった。

在来線改札口に目を向けると、改札口横のNEWDAYS、待合室が閉鎖され、撤去工事が開始されていた。(fig.11参照)
にゅうでいずあと
[fig.11]在来線改札口横のNEWDAYS跡地。工事用フェンスが設置され、撤去工事が開始された。

また、善光寺口のでは、MIDORI長野〜善光寺口自由通路に存在した平屋の物販棟の撤去工事が完了しようとしていた。(fig.12参照)
まつきよあと
[fig.12]善光寺口階段より。「マツモトキヨシ」と「西澤おやき」が入居していた物販棟は完全に解体されていた。

この工事の影響で、従来、駅前広場から善光寺口駅舎側を撮影していた場所が工事用フェンスに覆われてしまい、撮影場所を広場側に移動した。(fg.13参照)
ぜんこうじぐち
[fig.13]旧物販棟前から善光寺口を撮影。工事用フェンスが大きく広場に出ている。

更に、善光寺口の長野電鉄地下出入口の撤去工事が開始された。(fig.14)
ちかでいり
[fig.14]長野電鉄地下出入口。工事が開始され、9月2日より使用できなくなった。

ぜんこうじぐちおうだんまえ
[fig.15]工事エリアが2013年6月時点より拡大された。

この工事が始まった関係で、長野電鉄長野駅への出入りは、MIDORI長野店の地下入り口から東西地下通路を通るルートへ案内されるようになった。
また、工事エリアがかなり拡大され、歩道部分が従来よりも圧迫されたため、混雑が一層激しくなることが予想されたため、自転車の降車を促す看板も設置されている。
この影響で、MIDORI長野〜長野大通り間の雑居ビルの店舗の見通しが悪くなったため、工事柵には店舗案内も設置された。(fig.15参照)

「ながの東急」前の地点からの記録でも、工事エリアの拡大が大きく目立つ(fig.16参照)。
ぜんこうじぐちとうきゅうまえ
[fig.16]ながの東急前より。中央の信号機から左側が、拡大された工事エリア。

2013年6月のこの場所での撮影と比較すると、「MIDORI長野前の屋根」が一部撤去されている他、フェンス内に存在した街灯も撤去されていることがわかる。

また、今回から新たに記録場所を追加し、「ウエストプラザ長野」の向かい側の長野大通りに面したビル(ホテルアベスト長野)の前からの記録を開始した。
おみやげやまえ
[fig.17]ホテルアベスト前からの記録。ミニ駅ビル「ティリア」側の様子が見えやすい。

この場所での記録を開始したのは、ながの東急前(fig.16参照)よりも、ミニ駅ビル「ティリア」側の様子がわかりやすいためである。
この場所で確認できた2013年6月からの変化は、垂れ幕を設置していた塔(fig.5中央、fig.7左端参照)の撤去で、ペデストリアンデッキに近いため、工事の支障となるために撤去されたと考えられる。

「ウエストプラザ長野」の、供用済みペデストリアンデッキから長野駅方向を見ると、工事用フェンス内の様子が確認できた。
かせつかいだん
[fig.18]善光寺口側の工事用フェンス内。仮設階段の建設が進んでいる。

fig.18を見ると、この時点で、ミニ駅ビル「ティリア」側の善光寺口階段と、自由通路からミニ駅ビル「ティリア」までの連絡通路が取り壊され、更に長野駅自由通路上のドーム手前まで、構造物が撤去されている事がわかる。
また、仮設階段は従来の善光寺口の階段と異なり、階段部分は完全に屋根が設置されることが確認できる。(fig.18参照)

次に、ペデストリアンデッキ長野大通り上部付近でも撮影を開始した。
ぺですとりあんうえ
[fig.19]ペデストリアンデッキ上(平安堂長野店前)より、長野駅側を撮影。手前がミニ駅ビル「ティリア」、奥がJR東日本長野支社社屋。

この場所には、長野大通り上部付近が工事で通行止めになることが予告されていた。この時点では、床面タイルの張替え、融雪装置の更新、電気系統の更新工事等が予想されたが、詳細は不明であった。

また、ペデストリアンデッキを真横から確認したが、ペデストリアンデッキ自体には大きな変化は確認できなかった。(fig.20参照)
ぺですとりあん
[fig.20]ペデストリアンデッキを真横より記録。ペデストリアンデッキの大きな変化は確認できない。

また、一般車用待機所があった地点は、工事用フェンスが設置され工事用車両の出入口となったため、警備員が配置され始めた。
この警備員は、長野駅善光寺口に進入しようとする一般車の誘導も行っており、記録時にも数台の一般車両がタクシープールへ進入しようとしたため、警備員から長野駅東口へ向かう旨の案内を受けていた。

また、ミニ駅ビル「ティリア」は、完全閉鎖され、ホテルメトロポリタン長野側では、解体工事用の足場が設置され始めていた。(fig.21参照)
てぃりあかいたい
[fig.21]ティリアは2013年8月31日に閉鎖され、解体工事が着手された。

この工事に伴い、ミニ駅ビル「ティリア」周辺に工事用フェンスが設置されたが、同時にタクシープールの一部にもフェンスが設置されたため、視界が非常に悪くなってしまった。

fig.14の通り、地上の長野電鉄地下出入口の工事が開始されたが、同時に地下でも工事が開始されていた。
ちか
[fig.22]東西地下通路の一部で工事が開始された。

閉鎖されたのは、東西地下通路の一部で、長野電鉄長野駅へは階段脇のもう一方の通路を利用することで向かうことができた。
また、階段下にあった公衆トイレも閉鎖されたが、代替となる仮設トイレは設置されなかった。
この工事は、従来の階段の撤去・埋戻しと、エレベータ新設に伴うものであった。

今回はここまでとなります。次回に続きます。
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長野駅改築レポート〜善光寺口改築記録〜#2

2015.03.16 (Mon)
長野駅では、北陸新幹線長野~富山・金沢が開業する2015年3月の完成を目指し、駅ビルや駅前広場の大規模再開発が行われています。2012年より開始されたその工事の様子を、写真と解説などとともにレポートしていきます。

画像が19枚あります。環境によっては読み込み時間がかかります。
※個人での調査のため一部事実と異なる可能性がありますのが、ご了承ください。

今回は、2012年からの工事の様子を、写真共に解説していきます。
当時は、まだ記録をしていこうなどと考えず、学校の卒業記念程度に撮っていたので、一部写真に不備のある箇所がありますが、予めご了承ください。

たいとる2


1.改築工事着手前(2012年)
前回のレポートにも掲載した、改築工事前の長野駅善光寺口駅前広場の概略図を示す。
かいちくまえ
[fig.1]改築工事前の長野駅善光寺口駅前広場。

まずは、長野駅自由通路の善光寺口側から、東口方向(概略図下側)を見た写真。
えきまえみどり
[fig.2]自由通路端から、東口方向を見る。

この写真の左側は、手前から順に「長野駅待合室(改札外)」「NEWDAYS(改札外)」「在来線改札口」「在来線券売機」「忘れ物預かり所」となっている。
写真奥の階段の先にあるのが、「長野駅東口」であり、左側には「みどりの窓口」「新幹線券売機」「新幹線改札口」があった。
また、右側は手前から順に「びゅうぷらざ」「長野市観光案内所」となっている。

次に、同地点から「ながの東急百貨店」方向を見た写真を示す。

じゆうつうろ
[fig.3]ながの東急百貨店方面を見る。写真中央左付近にあるのが長野電鉄長野駅への地下入り口。

この写真右側にある、タイル外壁のビルが、駅ビル「MIDORI長野店」である。
MIDORI長野店は1985年に完成した、地上5階地下1階の駅ビルであり、JR東日本の連結子会社である「ステーションビルMIDORI」が運営している。
2012年当時のテナントは、ファッション系が多く、長野県唯一のロッテリアも存在した。夏には屋上でビアガーデンが催され、多くの人が駅ビルを利用していた。
写真右下にある黄色い帯に「MIDORI」と書かれた棟が土産物店で、当時はおやき店が入っていた。

にょぜひめ
[fig.4]如是姫像。

善光寺口広場には、如是姫(にょぜひめ)像が、善光寺本堂の方向を向いて設置されている(fig.1、fig.4参照)。
如是姫は、伝説で善光寺を建立したという「本田善光」の生まれ変わる二代前の、天竺(インド)の長者(長者の生まれ変わりの生まれ変わりが本田善光となる)の娘である。
詳しくは、「如是姫だより 長野駅前 如是姫さんの由来」を参照のこと。
如是姫像が長野駅善光寺口に設置されたのは、1936年の善光寺御開帳時であり、仏閣型駅舎(3代目)が完成した年である。
その後、第二次大戦時の金属供出で供出されてしまうも、1948年に募金により再建され、今日まで長野駅前を見守っている。
この如是姫像は、fig.4のように噴水としても親しまれており、左手と足元の周囲から水が湧き出ている。


2.改築工事着手後(2013年3月)
一年近く経過し、改築工事が開始された後の状況。
この時点でも、今だ記録箇所や撮影地点を明確に決めずに撮影しているため、記録が抜けている箇所が多いので、ご了承ください。

長野駅の変化に関係する出来事として、2013年3月のダイヤ改正がある。
従来は、乗り入れるしなの鉄道も含めて全列車がツーマン運行だった長野〜篠ノ井間が、2両編成に限りワンマン運転となったのである。このため、長野駅のホームに、ワンマン運転時のホームミラーが設置されることとなった。
わんまんならび
[fig.5]長野駅で出発を待つ115系しなの鉄道車(当時はJRより貸与扱い)とE127系。どちらも2両編成でワンマン対応である。

駅施設関連の変化点に戻ると、fig.2の奥に見える自由通路上の階段にエスカレータが新設された。(fig.6参照)
えすか
[fig.6]新設された自由通路上のエスカレータ。

従来、大きな荷物を持った旅行者は、従来は階段を利用するか、fig.2の右に見えるエレベータを利用するしかしなければ、この段差を超えることができなかったが、このエスカレータが新設されたことにより、自由通路の利便性が大きく向上した。
このエスカレータは右側通行であるが、これは東口の自由通路上に存在するエスカレータと合わせたものであると考えられる。(fig.7参照)
ひがしぐち
[fig.7]東口自由通路上のエスカレータ(写真中央奥)。

また、この頃新駅ビルの工事概要も発表され、在来線改札口横のNEWDAYSや、待合室のある地点は、すべて新駅ビルとなることが決まった。
かいさつ
[fig.8]長野駅在来線改札口。奥のNEWDAYSは改札外からのみ入れた。

また、在来線改札口も一時移転されるため、16年間使用されてきた案内口の記録を実施した。(fig.9参照)
あんない
[fig.9]在来線改札口上の案内板。

この記録を実施したのは、fig.9にある「しなの鉄道線方面」が、北陸新幹線延伸後に、残らない可能性が高いからである。
北陸新幹線延伸後は、長野駅以北の信越線長野〜妙高高原が、第3セクター鉄道のしなの鉄道に経営分離され、しなの鉄道の路線が直接長野駅に乗り入れるからである。

善光寺口駅前広場に目を向けると、長野市民と長野駅利用者にとって大きな変化がいくつかあった。
ひろば
[fig.10]自由通路から見た善光寺口駅前広場。

1つ目は、如是姫像の善光寺への一時移転である。(fig.10下部中央参照)
善光寺口駅前広場が再整備された際には、再び如是姫像が長野駅に戻るのだが、そのままでは工事の支障になってしまうので、整備が終了するまでの2年間、善光寺で保管されることとなった。
保管中に「善光寺で公開される可能性がある」との報道もあったが、再び長野市民の前に姿を表したのは2015年になってからであった。

2つ目は、バスのりばの位置変更である。
バスロータリーの形が変更され、従来のブロック敷の広場の一部が新たに舗装されている。(fig.10右下参照)
このため、従来のバスのりばの屋根は解体されてしまい、一時期は屋根が存在しなかった。しかし、風雨をしのげないのはさすがに問題があるので、大型テントの設置を経て、ポリカーボネート製の仮設屋根が設置された。

また、前述の新駅ビル工事概要にミニ駅ビル「ティリア」と、MIDORI〜自由通路の平屋の物販棟の閉鎖と解体が行われることが示されていたため、駅舎側を定点記録していくこととした。(fig.11参照)
えきしゃがわ
[fig.11]長野駅駅舎側。

記録場所は、大きな工事が行われても変化する可能性が少ないマンホール上とした。


2.改築工事着手後(2013年5月)
2013年5月に入ると、善光寺口のティリア側エスカレータと階段の撤去工事が開始されていた。(fig.12参照)
こうじかいし
[fig.12]エスカレータと階段の撤去が開始された善光寺口。

駅全景
[fig.13]如是姫像跡脇から。

fig.12は前回の駅舎の撮影位置と異なるが、これは前回の場所では全体が収まらないためである。
この撤去工事に伴い、エスカレータと階段下にあった長野駅前交番が、A-One City(再開発ビルA-1)向かいへと仮移転された。
また、同じくエスカレータと階段下にあったコインロッカーエリアも撤去となったが、東口側の自由通路上に移転された。

また、ミニ駅ビル「ティリア」でも工事が開始された。
てぃりあ
[fig.14]ミニ駅ビル「ティリア」。

ティリア二階と、長野駅自由通路をつなぐ通路の撤去工事が開始され、長野駅からティリアへ向かうには、一度反対側のエスカレータを降りてから、駅前広場を横断する形となった。
タクシープールを見ると、工事の囲いが歩行者通行スペースを圧迫するので、一部がアスファルトで嵩上げされた。(fig.14参照)
また、この頃より、善光寺口への一般車の進入が規制され始め、送迎車は東口へ迂回することとなった。

この頃より、「ウエストプラザ長野」側のペデストリアンデッキの記録も開始したが、この後に記録場所を変更している。(fig.15参照)
ペデストリアンでっき
[fig.15]「ウエストプラザ長野」側のペデストリアンデッキ。

この頃は、長野駅からウエストプラザ長野へ向かうには、長野大通りの横断歩道を利用する方が近く、利用者はほとんどいなかった。

更に、工事は始まっていないが長野電鉄長野駅地下出入口(fig.1参照)の記録も開始した。
ちか
[fig.16]長野電鉄地下出入口。実際の利用者は多い。

この地下出入口は、1981年の長野〜善光寺下地下化の際に建設されたものだが、2013年中に解体される事が発表されていた。
改築レポート第一回でも記載した通り、この地下出入口は長野駅善光寺口からいくらか離れており、通行量の多い歩道を圧迫している。
更に、地下駅へのアクセスは階段であるため(fig.17参照)、利便性向上も合わせて移転されることとなった。
かいだん
[fig.17]長野電鉄地下出入口の階段。東西地下通路へのアクセスも可能である。

長野駅周辺の地下空間は広く、長野大通り直下の長野電鉄長野駅から、長野NCビル地下(地上への階段あり)ながの東急百貨店地下階駅ビルMIDORI長野地下階(地上への階段・スロープあり)と、東西地下通路(fig.18参照)を経由し、東口地下駐車場(待合室あり)がつながっている。
とうざいじゆうつうろ
[fig.18]東西地下通路。奥が東口地下駐車場待合室。

この地下通路の長電地下出入口階段下には、長野市が管理する公衆トイレと機械室があり、こちらも移転されることとなったため、記録を開始した。
えきがわ
[fig.19]東西地下通路から長野電鉄長野駅側を撮影。柱の奥の壁が階段下のトイレと機械室。

この写真の右側にも、長野電鉄長野駅までの通路が存在し、東西地下道の中央に、階段と公衆トイレが存在する形となっていた。
また、地下出入口移設にともなって、東西地下通路の壁が「蔵をイメージした白と黒のタイル張り」と、リニューアルされる事となった。

今回はここまでとなります。次回は2013年6月時点での記録から再開していきます。

長野駅改築レポート〜善光寺口改築記録〜#1

2015.02.25 (Wed)
長野駅では、北陸新幹線長野~富山・金沢が開業する2015年3月の完成を目指し、駅ビルや駅前広場の大規模再開発が行われています。2012年より開始されたその工事の様子を、写真と解説などとともにレポートしていきます。
※個人での調査のため一部事実と異なる可能性がありますのが、ご了承ください。

今回は、長野駅善光寺口の2011年前後までの整備の内容と、整備計画の決定までを解説していきます。
工事中のレポートはこちら

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1.長野駅
長野駅は、長野県長野市に所在する北信地域の中心駅。善光寺のある北側を善光寺口、新幹線ホームのある南側を東口としている。
2015年2月現在、JR東日本の「北陸新幹線(長野新幹線)」、「信越線」と、長野電鉄の「長野線」の3路線が接続しているが、JRの近隣駅を起点とする「飯山線」、「篠ノ井線」と、しなの鉄道の「しなの鉄道線」、も信越線を介して乗り入れている。遠距離では、名古屋・大阪方面へと向かう「特急しなの」と、「飯田線」へ直通する列車も発着している。


2.駅舎の歴史
長野駅ができたのは1888年で、当時計画さてれいた「中山道幹線」の軽井沢~直江津の支線の駅として開業した。この時に、初代長野駅駅舎が建設されている。
1902年には、2階建てに改築され(2代目)、1936年には、3代目駅舎となる仏閣型駅舎が完成した。
1993年には、長野での冬季オリンピック開催決定と、北陸新幹線の軽井沢~長野間のフル規格化決定を受け、長野市が長野駅周辺の再開発計画を策定。
この時に策定された再開発計画が元となり、オリンピックに間に合わせる形で完成したのが、現在行われている改築工事の前に残っていた4代目駅舎だ。


3.暫定整備
1993年に策定した再開発計画は、長野駅駅舎改築以外にも、善光寺口に面する低層建築物があるエリア(A地区)の再開発ビル建設や、東口の大規模区画整理なども含まれていた。
計画策定がバブル期であったことや、各方面での再開発を1998年までに間に合わせる必要があったたため、一部の設備では「暫定整備」が行われることになった。
かいちくまえ
[fig.1]2011年までの長野駅善光寺口広場の概略図。赤はエスカレータ青は2階に位置する構造物を示す。

・駅ビル
当初、善光寺口に建設が計画されていた、駅ビル「MIDORI長野」南端~自由通路上空~メトロポリタン長野までの一体的な駅ビルは、自由通路を挟んで「平屋の物販店棟」と、飲食店と物販店が入るミニ駅ビル「ティリア」の2棟に分割して建設された。
また、善光寺口のエスカレータは上りのみで、自由通路の一部と階段には屋根がなかった。
てぃりあ
[fig.2]ミニ駅ビル「ティリア」。2階は善光寺口自由通路と直結していた。

・ペデストリアンデッキ
1996年に都市計画決定されたペデストリアンデッキは、長野駅~再開発ビルA-2(現ウエストプラザ長野)間、再開発ビルA-2〜長野NCビル(旧ホテルサンルート)、長野駅〜ながの東急百貨店間の3方向であったが、このうち再開発ビルA-2から長野大通りを跨ぐ部分のみが建設された(fig.3参照)。
このペデストリアンデッキは、将来の整備のために長野駅方向へ延長可能な構造となっており(fig.4参照)将来的には、再開発ビルA-3〜A-2〜長野駅善光寺口〜長野駅東口〜ユメリア通りまでの約600mが整備される予定だ。長野駅へ向かうには、タクシープール出入口の横断歩道を渡り、駅前広場を大きく迂回する必要があったため、ペデストリアンデッキよりも歩道橋としての性格が強い構造となっていた。
ぺですとりあん
[fig.3]善光寺口よりA-2地区を望む。赤丸が暫定整備されたペデストリアンデッキ。

ぺですとりあん
[fig.4]ペデストリアンデッキを横より見る。将来の延長が可能な構造となっている。

駅前A地区を構成するA-1、A-2、A-3の3地区は、A-2が「ウエストプラザ長野」としてオリンピック前に完成、続けて2006年にA-1が複合マンション「A-ONE City」、2010年にA-3が「Nacs末広」としてそれぞれ再開発を終えている。

4.「16年越しの完全整備へ」
暫定整備から10年たった2007年に、市民団体より「仏閣型駅舎(3代目)に戻してほしい」との要望が、署名とともにJR東日本長野支社と長野市に提出された。この要望に対しては、両者は明確な回答を行わなかったが、2009年に長野商工会議所から「長野駅を門前町らしい駅舎に整備してほしい」との要望が提出された際には、JR東日本より「関係者の意見を聞きながら検討する」との回答がなされた。
2010年には、長野市が設置した「長野駅善光寺口整備計画検討委員会」からの提言を受け、駅前広場の基本的なデザインや、今回の整備の目的を定めた整備計画が策定された。

新たに策定された整備計画で、1993年から大きな変更があったのはペデストリアンデッキで、「駅からの景観の配慮」と、「デッキの階段で歩道が狭くなり通行に支障をきたす」との理由により、2010年現在までに暫定整備されていた、長野駅〜再開発ビルA-2のみの延伸となった。
また、長野大通り地下にある、長野電鉄長野駅へのアクセス向上と、ながの東急百貨店方面への交通の円滑化も計画に盛り込まれ、東西連絡地下道を活用した整備計画が追加された。
ちか
[fig.5]長野電鉄長野駅入り口。他に同規模の物が2箇所存在し、ながの東急百貨店、長野NCビルと、東西連絡地下道を介しMIDORI長野の地下と接続している。

fig.5の地下駅入り口周辺の歩道(fig.1右側の地下で入り口周辺)は、長野県内で最も通行量が多い歩道である。休日や朝夕の通勤通学時間帯には、常に人の往来が絶えないが、バスのりばと地下駅入り口が歩道を圧迫しているため、更に混雑が激しい。
また、地下で入り口は、JRの改札口から非常に離れている上に、一部には屋根の存在しない区間があるため、今回の計画で地下駅入り口が移設されることとなった。

2011年11月には、「長野駅善光寺口整備計画検討委員会」より、善光寺口駅前広場の整備デザインが公表され、長野市民の意見を募集した。
公表されたのはA案、B案、C案の3案で、すべての案に「長野の門をイメージした大庇(おおひさし)」「如是姫像のある駅前広場」「雨や雪をしのぐシェルター」が取り入れられている。

・A案「大屋根」
JR東日本が整備する新駅ビル前面に、大庇と列柱を設置し、駅前広場全体をカバーずる大屋根を設置する案。
バスロータリー周辺の歩道と、ペデストリアンデッキ全てに屋根を設置する。

・B案「歴史・伝統」
JR東日本が整備する新駅ビル前面に、善光寺と、山門をイメージし、現代風にアレンジした大庇と列柱を設置する。
バスロータリー周辺の歩道にも屋根を設置する。ペデストリアンデッキには屋根を設置しない。

・C案「緑」
JR東日本が整備する新駅ビル前面の「自由通路からの出入口付近のみ」に、大庇と列柱を設置する。
A案、B案以上に植栽を増やし、開放感と合わせて長野の自然を演出する。
バスロータリー周辺の歩道には屋根を設置せず、バスのりば付近にのみ屋根を設置する。

これらの中から、最も多くの支持を得たのがC案で、他の案へ寄せられた意見も反映させながら、整備計画を策定し、2012年1月にはfig.6の通り、整備を実施することが決定された。
かいちくご
[fig.6]2012年1月に決定された善光寺口駅前広場デザイン。

また、JR東日本が整備する新駅ビルも、長野市が整備する大庇と列柱に合わせた「格子を基調としたデザイン」とすることが決定され、2012年9月より、2015年3月にまでの2年6ヶ月に渡る工事が開始された。

第2回からは、工事の様子をまとめ、レポートしていきます。
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